第2回
『サリエリ(サリエーリ): 序曲とバレエ音楽集 1』
『サリエリ(サリエーリ): 序曲とバレエ音楽集 1』
Hänssler Classic(ヘンスラー・クラシック)レーベル
トーマス・ファイ(指揮)/マンハイム・モーツァルト管弦楽団
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Track 01
『アルミーダ』序曲
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このアルバムはサリエーリの自筆譜の記載を採用し、「パントマイムのシンフォニア(Sinfonia in Pantomima)」と副題している。以下、第1回の解説から転載。
サリエーリ最初のオペラ・セリア。タッソの叙事詩『解放されたイェルサレム』を基に、魔女アルミーダの虜になった十字軍の騎士リナルドが彼女を拒絶し、戦場に復帰するまでを描く。序曲はハ短調、2分の2拍子、ソステヌート。低弦がピアニッシモで奏する主題で始まり(0:00-)、幽玄で神秘的な雰囲気を醸し出す。サリエーリによれば、ここで霧の中からウバルドが現われる。怪物が出現するアレグロとなり(1:43 -)、プレストに転じて激しい戦いが繰り広げられる(2:14 -)。やがて怪物が倒されると、ハ長調、4分の3拍子、アンダンティーノ・グラツィオーゾに転じ(4:42 -)、勝利したウバルドが岩山を登り、幕が開いて魔法の島が現れるまでが音楽で描かれる。自筆譜のホルン・パートの間に、「霧の暗闇に包まれたアルミーダの島へのウバルドの到着」で始まる舞台上のパントマイムが示されている。
Track 02
『ダリーゾとデルミータ』序曲
1776年ウィーンのブルク劇場で初演された牧歌劇。古代ギリシアを舞台とする登場人物4人の作品で、台本の弱さや演出上の失敗により初演が失敗してお蔵入りとなったが、後世の研究者は美しい楽曲を含む秀作と再評価している。序曲はハ長調、4分の2拍子、アレグレット・スピリトーゾ。CD解説でティモ・ヨウコ・ヘルマンがグルック『パーリデとエーレナ』(1770年)序曲との類似を指摘しているが、音楽はより華やかで変化に富む。
Track 03-07
『パフィオとミッラ、あるいはキプロスの囚人たち』の
バレエ音楽
1778年ミラノ・スカラ座のこけら落としに初演した『見出されたエウローパ』の幕間に上演した、第一のバッロ[バレエ]のための音楽。イタリアでは幕間バレエを他の作曲家がオペラと関係のない筋書きに作曲したが、この作品は『見出されたエウローパ』と関連があり、サリエーリ自身が作曲した。キプロスの捕虜たちを救うためアレーナ(円形闘技場)でライオンと闘うと申し出た奴隷パフィオと、彼と一緒に死のうとしてアレーナに飛び込む恋人ミッラが主人公。その英雄的な行動と愛に感動した群衆の求めで二人は救われ、捕虜たちが赦免されるという内容である。楽譜は失われたと思われたが、近年自筆譜の多くが発見された[註1]。
[Track 03] 変ホ長調、2分の2拍子、アンダンテ・マエストーゾ[註2]。自筆譜の冒頭に「第一のバッロ(Ballo primo)」、「奴隷たちがアレーナに連れて来られる(Gli schiavi vengono condotti all’arena)と書かれている。
[Track 04-07]は第三者が「バレエ音楽、または16曲のセレナータ」と題した自筆譜に基づく。16曲のうち3曲を欠くが、末尾に「第一のバッロの終わり」との記載がある。次に調性、拍子、テンポを示す。
[Track 04] 変ロ長調、4分の4拍子、アダージョ~アレグロ・マエストーゾ
[Track 05] ニ長調、4分の4拍子、アレグロ(僅か4小節。印象的なトランペットの音型も自筆譜に書かれている。図版参照)~ト短調、4分の3拍子、ラルゲット~ニ短調、4分の3拍子、アレグロ・マ・ノン・タント~ニ長調、2分の2拍子、アレグロ・スピリトーゾ
[Track 06] ト長調、4分の2拍子、アンダンテ・マエストーゾ~ト長調、4分の2拍子、アンダンティーノ・コン・モート~ニ長調、8分の6拍子、アレグロ・スピリトーゾ
[Track 07] 変ロ長調、4分の3拍子、ノン・タント・アレグロ~変ホ長調、4分の2拍子、ガヴォッタ~変ロ長調、4分の3拍子、テンポ指定なし[ノン・タント・アレグロ]~レント~アレグロ[註3]
[註1]2004年ミラノ・スカラ座の蘇演は『パフィオとミッラ』ではなく、主に『ガマーチェの結婚式でのドン・キショッテ』(1771年)のバッロ音楽を用いて幕間バレエが新制作された。
[註2]ディスクの記載は「マエストーゾ」のみ。
[註3]ディスクの記載は[ノン・タント・アレグロ]まで。
バレエ音楽[Track 05]より(ウィーン国立図書館所蔵)
Track 08
『煙突掃除人』序曲
ヨーゼフ2世の命でサリエーリが初めて作曲したドイツ語のオペラ。正式題名は『煙突掃除人、または私利私欲から主人を裏切らねばならぬ男』。初演は1781年4月30日、ブルク劇場で行われた。主人公はイタリア人の煙突掃除人ヴォルピーノ。いい加減なドイツ語しか話せない彼は「コルシカ島を追われた侯爵」と称してハービヒト未亡人とその義理の娘に近づき、イタリア語と歌の教師と偽ってレッスンも施すが、暖炉の火災が起きて煙突掃除人とばれてしまう。序曲はニ長調、4分の4拍子、アレグロ・プレスト。勢いのある音楽で始まり(0:00-)、すぐに新たな主題が現われる(0:36-)。同様の軽快な主題(1:17-)を経て冒頭の音楽に戻り(1:39-)、勢いを保ったまま終わる。
Track 09
『ダナオスの娘たち』序曲
1784年パリ・オペラ座で初演されたサリエーリ最初のフランス語歌劇。物語は古代ギリシア神話に基づき、エジプト王アイギュプトスが自分の50人の息子を双子の兄弟ダナオスの50人の娘と結婚させろと迫る。ダナオスはアイギュプトスによって王座を追われた経緯を娘たちに話し、花婿全員を殺すよう命じるが、イペルムネストルは花婿ランセを救おうとする。序曲はフランス語でOuvertureと称され、管弦楽に3本のトロンボーンを加えている。ニ短調、2分の2拍子、アンダンテ・マエストーゾの序奏(0:00-)で悲劇的結末を暗示し、イ長調に転じた主部(0:56-)は華麗な音楽で、穏やかに収束するかに思われるが、金管楽器の強奏でニ短調、プレストの疾風怒濤の嵐に転じ(4:48-)、不穏な気配のまま閉じられる。一連の音楽は、「復讐の計画を練るダナオス」、「娘たちの喜びの踊り~復讐計画を知った恐怖~宴会の音楽で眠気に誘われる」、「虐殺、叫び~地獄の罰、娘たちの嘆き」を表している。
Track 10-15
『ダナオスの娘たち』のバレエ音楽
『ダナオスの娘たち』のための劇中音楽とバレエ音楽を6曲収録。
[Track 10] 第1幕第1景、合唱に続いて木管楽器と弦楽器で演奏する3拍子の穏やかな舞曲。ヘ長調、4分の3拍子、ウン・ポコ・アダージョ。
[Track 11] 新たな合唱の後に演奏される舞曲で、トランペット2本を含む。バロックのガヴォット風の音楽により前曲と対照をなす。ニ長調、2分の2拍子、ウン・ポコ・アンダンテ。
[Track 12] 第3幕第1景、結婚を祝う冒頭合唱に続いて演奏される行進曲風の音楽。変ロ長調、2分の2拍子、アレグレット。
[Track 13] 続く夫たちの合唱を受けて演奏するバレエ音楽。第二ヴァイオリンの素早い動きを伴奏に第一ヴァイオリンとファゴットが主題を奏する主部(0:00-)と、フルート独奏が活躍するトリオ(1:09-2:02)からなる。変ロ長調、4分の2拍子、テンポ指定なし[アレグレットと推測]。
[Track 14] 第3幕第3景冒頭のバレエ音楽。ニ長調、8分の6拍子、アレグロ・ブリランテの華やかな音楽(0:00-)と、第一ヴァイオリンのアルペッジョを伴奏にオーボエ独奏が主題を奏するト長調のトリオ(0:52-2:29)からなる。
[Track 15] 第3幕を締め括るパントマイムの音楽。厳かな曲調に合わせ、結婚の神に導かれた新郎新婦の集団が挙式の場に向かう。ト長調、4分の3拍子、アンダンティーノ・ソステヌート。終盤の音楽(2:42-)は、序曲にも使われている。
Track 16
『オラース家』序曲
パリ・オペラ座のためのサリエーリ2作目の歌劇。コルネイユの悲劇『オラース』を原作とする。ローマとアルバ・ロンガの間の戦争をそれぞれの勇者の戦いで決することになり、オラース3兄弟がキュリアース3兄弟を打ち倒し、ローマに勝利をもたらす。だが、オラースの妹カミーユは婚約者キュリアースを殺したと兄を激しく非難する…。台本作家がコルネイユの原作と異なる結末を選んだため、1786年12月2日にヴェルサイユ宮廷劇場で行われた初演は不成功だった。序曲はニ長調、2分の2拍子、プレスト。壮麗華美な音楽で始まり(0:00-)、オーボエ独奏が新たな主題を提示する(1:00-)。壮麗な音楽に戻りながらも変化に富む経過部(1:35-)を経て、終結部となる(2:27-)。
Track 17
『カティリーナ』序曲
カスティの台本に作曲した悲喜劇。1792年に完成したが、ローマの共和制を転覆しようとしたルキウス・セルギウス・カティリナの物語がフランス革命の時局にそぐわず、初演せずにお蔵入りとした(1791年にルイ16世と王妃マリー・アントワネットが逮捕され、1793年1月と10月、相次いで処刑された)。序曲はニ短調~ニ長調、4分の4拍子、アレグロ。標準的な2管編成にコルノ・イングレーゼ(イングリッシュ・ホルン)2本を含む。サリエーリは劇中の諸要素で構成し、激烈な開始部(0:00-)で「残忍さ」、ラルゲットの穏やかな音楽(1:00-)で「宗教的な祈り」、アレグロに戻っての激しい音楽(2:11-)で「戦闘」、ニ長調の壮麗な音楽(3:27-)で「愛国者の勝利」を表現した。
【執筆者】
水谷彰良 Akira Mizutani
1957年東京生まれ。音楽・オペラ研究家。日本ロッシーニ協会会長。著書:『プリマ・ドンナの歴史』(全2巻。東京書籍)、『ロッシーニと料理』(透土社)、『消えたオペラ譜』『サリエーリ』『イタリア・オペラ史』『新 イタリア・オペラ史』(以上 音楽之友社)、『セビーリャの理髪師』(水声社)、『サリエーリ 生涯と作品』(復刊ドットコム)。日本ロッシーニ協会ホームページに多数の論考を掲載。