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【インタビュー】「蜜蜂と遠雷 音楽集」に携わるプロフェッショナルたち ~ Vol.5 プロデューサー・劉優華

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たくさんの方に好評をいただいております「蜜蜂と遠雷 音楽集」。

ナクソス・ジャパンでは、これまでの4回を通して、「蜜蜂と遠雷」の制作に携わったキーパーソンたちにお話をうかがってきました。

第5回目は、このCDのプロデューサーであり、これまでインタビュアーを務めたナクソス・ジャパンの劉優華が、第3回のキーパーソンの志儀保博さんからの「逆インタビュー」を受ける形でお届けします。長年、音楽雑誌の編集者として音楽業界に携わってきた劉は、“芳ヶ江国際ピアノコンクール”のモデルとなった浜松国際ピアノコンクールの取材にも何度も訪れていました。コンクールという現場を知る人間として、こだわりを持って制作した「蜜蜂と遠雷音楽集」について、たっぷりと語らせていただきました。


取材・文●志儀保博さん(幻冬舎)
写真●梶原愛美さん



劉優華

劉優華●プロデューサー
Yuuka Ryu

慶應義塾大学卒業後、音楽専門誌「月刊ショパン」編集部を経て、2011年副編集長に就任。2015年11月よりナクソス・ジャパン株式会社に入社。2016年にピアニストの故中村紘子氏が設立し、現在衆議院議員・細田博之氏が総裁、ピアニスト・横山幸雄氏が会長を務める日本パデレフスキ協会の事務局長としても活動している。





インタビュー


 ────『蜜蜂と遠雷』に出てくるピアノ曲を、まず最初にナクソスが昨年12月に幻冬舎プラスと提携してプレイリストを作成し、実際に聴けるようにしてくれたわけですが、CD「蜜蜂と遠雷音楽集」のプロデューサーである劉さんがこの小説を知り、読んだのは、いつの話ですか?

 2015年秋に、この小説を編集されていた幻冬舎の志儀さんから、浜松国際ピアノコンクールをモデルにした小説を恩田陸さんが連載中だという話を聞き、本の発売を楽しみに待っていました。実際に読んだのは2016年9月末、本が発売されてすぐのことです。


 ────お話ししたのは劉さんがピアノ雑誌の編集者だったときですね。2015年の第9回浜松国際ピアノコンクール開催中はまだ知り合いじゃなかったんでしたっけ?会場ではお会いしませんでしたね。

 志儀さんとは、2015年に私がショパン国際ピアノコンクールの取材から帰国してすぐのときにお会いしています。2015年の浜松国際ピアノコンクールはその後の11月に開催され、その時はすでにナクソス・ジャパンに入社していたので、現地の取材にはうかがえなかったんですよ。ただ、その年コンクール事務局が発行していたタブロイド誌(フリーペーパー)の第1号、第2号に記事を寄稿していたので、現地に行かれた志儀さんからおみやげとして持って帰ってきていただいた記憶があります。


 ────それで、この小説をお読みになって、どんな感想を持ちましたか?

 とにかく、音楽を言葉で書き記す表現力、語彙力に圧倒されました。おっしゃるように私も、以前は音楽雑誌の編集者・記者として文章を書いていたこともあり、音楽を言語化することがいかに難しいかは日々向き合ってきたテーマでもあるので、初めてこの小説を読んだときは驚きと共に、よくこれだけの音楽表現ができるなぁと感服しました。

 私の場合、原稿を書くということはひたすらパズルを解くような感覚で、言葉をどう並べると美しいか、いかに読む人にわかりやすく伝わるか。話し手が本当に言いたかった気持ちを的確に表せる言葉をひたすら探し、納得いくまで並べ替え続ける作業だと感じています。記者は、ある事実やインタビューで聞いた話を読みやすくまとめるだけですから、何もないゼロ地点から物語を生み出す作家とは大きく異なりますが……。恩田さんは、この壮大な物語を8年の歳月をかけて書き続けて来られたわけで、その創造力と精神力は計り知れないものがあります。

 クラシック音楽で使われる用語は、一般の方にとって敷居が高く、小難しいと思われがちですが、この小説はすごく読みやすい文体で、誰にでもわかりやすい言葉で綴られています。クラシックなんて聴いたことないという方でも、物語がすっと頭に入ってくるのは、ひとえに恩田さんの言葉選びの賜物ですよね。実際の曲を聴いたことがない人でも「音が聴こえてくる気がする」という感想が多いのは、読者の想像力を無限に掻き立てる何かが感じられるからではないでしょうか。


 ────舞台となったピアノコンクールもこれまでに多く取材されてきたかと思いますが、実際のコンクールの現場で劉さんが感じたことは?

 現在、世界的にメジャーと呼ばれるピアノコンクールだけで、およそ120以上も存在すると言われており、毎年多くのピアニストたちがコンクールから輩出されています。コンクールでの受賞経歴なしにデビューできるのはごくわずかで、ほとんどの場合がコンクールで名を知られることで初めてピアニストとしてのスタートラインに立つことができます。

 会場には、これから世界に羽ばたく若手ピアニストたちの演奏に触れようと、たくさんの聴衆が詰めかけます。頂点を目指す若者たちにとってここは最高の舞台であり、それぞれが自分の人生と音楽への熱い想いを持って挑んできます。それだけに、彼らがどれほどの緊張とストレスを強いられているかは、想像に難くありません。

   世界中から同じ道を志す若者が大勢集まり、プロが演奏を判断するので、弾く側にも聴く側にも想像を絶する大変さがあることでしょう。間近でその光景を見る立場として、本当にさまざまなことを考えさせられます。そこには語り尽くすことのできない数多くのドラマが存在するのです。

 コンクールに挑戦するすべてのコンテスタントたちが、自分なりのベストを尽くすべく、日々たゆまない努力を重ねています。皆それぞれに違う魅力があり、それに点数を付けるというのは至難の業、望む結果に喜ぶ者がいれば、残念な結果に泣く者もいるかもしれません。しかし、その一瞬の結果に一喜一憂することなく自分の音楽を育て、立派なピアニストとして歩んでいってほしいと願うばかりです。そんなすばらしい舞台にじかに触れられることは、聴き手にとってもきっと一生の財産となるでしょう。この小説を読んで、コンクールに少しでも興味を持ったという方がいらっしゃれば、ぜひ足を運んでみていただければ幸いです。



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 ────『蜜蜂と遠雷』は昨年12月に直木賞候補であることが発表され、今年の1月に受賞が決まりました。また、その頃、本屋大賞の候補であることが発表され、4月に受賞が決まりました。このようにとんとんと賞が決まり、どんどん注目を集める作品を側からご覧になって、どのように感じていらっしゃいましたか?

 初めて読んだときは、この小説が後に賞を獲るなどということは考えもしなかったので、まさかこれほど注目されることになるとは夢にも思いませんでした。直木賞発表の前々日、とあるコンサートの会場で恩田さんとお会いする機会があったのですが、緊張の面持ちで発表を待っていらっしゃる姿を見て、こちらまでドキドキしてしまったことが昨日のようです。私自身は、ありがたいことに人とのご縁や運に恵まれていて、いつも「あなたといるとラッキーなことばかり起こる」と言われてきたので、直木賞にノミネートされてからは「きっと『蜜蜂と遠雷』が受賞するに違いない!」という妙な自信があったことは、ここだけの秘密です(笑)。

 本屋大賞とのW受賞は史上初とのこと。恩田さんが生みの苦しみを乗り越え、これほど愛される物語を世に送り出してくださったことで、クラシック音楽をより多くの方々に知っていただく良いきっかけになりました。そんな作品に携われたことに感謝すると共に、これからも人との出会いやご縁を大切に育んでいきたいです。


 ────ナクソスによるCD化が決定したのは3月末でしたよね。ものすごいスピードで商品化したわけで、その分ご苦労が多かったと思います。いま無事に発売されてどんな思いでいらっしゃいますか?

 CD化が決まってから制作の作業が終わるまでおよそ1ヵ月、怒濤のような日々でした。限られた時間と予算の中で、この小説のファンの方々が手に取って喜んでくださるもの、納得してくださるものを作らなければならないということで、うれしさと共に葛藤もありました。ただ、自分自身もこの小説のいちファンとして、商品を手に取ったときに心がワクワクするような、またずっと大切に持っておきたいと思えるようなものにしたいという一心で、無我夢中に突き進んだような気がします。

 私は性格的に、とにかく納得いくまでやり切らないと気が済まないタイプなのですが、物を作るときには実際にできることとできないことがどうしても出てきますよね。ナクソスにはさまざまな得意分野を持つ専門家たちが在籍しているので、困ったときには必ず誰かが助けてくれました。自分がやりたいこと、わからないことなど常に何でも相談し、「こんな方法があるよ」「もっとこうすればいいんじゃない?」と冷静かつ客観的なアドバイスをいただけたことが、どれほどありがたかったかわかりません。強情な割におっちょこちょいなところもあるので、仕事ではいつも周りの皆さんにフォローしていただいてばかりです(苦笑)。

 短い制作期間の中でこうしてCDを出すことができたのも、ナクソス・ジャパンのチームワークならではだと思っています。温かい目で見守ってくださる先輩方に、日々感謝の気持ちでいっぱいです。


 ────劉さんご自身、相当ピアノを勉強なさって、お弾きになる方だと仄聞しております。ピアノ学習歴や演奏歴を教えてください。

 クラシック好きの母の影響で、5歳からピアノを始めました。コンクールにもずっと出ていて、音大に進学するつもりで音高に進みました。結局音大には進まず、一般大学に入学後、ピアノサークルや室内楽サークルで音楽を楽しむ傍ら、国際コンクールや海外のマスタークラスなどにも参加していました。

 当時一緒だった友人たちは、いまや日本を代表する演奏家、指導者として国際舞台で活躍していますが、彼らを取材する立場として応援できたことは何よりもの喜びでした。ピアニストという職業がどれほど過酷なものかというのは、痛いほどよくわかっているので……。いまでもたまにピアノを弾きますが、毎日すばらしいアーティストによる録音や生演奏に触れているので、正直もうそれだけで大満足、おなかいっぱいです(笑)。大好きなクラシック音楽の仕事に携わることができて、幸せな人生です。


 ────ところでレコード会社におけるCDのプロデューサー、ディレクターと出版の編集の仕事の相違点や共通点は何でしょう?

 雑誌編集者・記者としての歴の方が圧倒的に長いので、正直自分がCDのプロデューサーだという感覚がまだあまりないのですが、どちらも作り上げたいものをイメージし、そこに必要な要素が何かを考え、その要素たちをかき集め、締切に間に合わせる、という一連の流れはよく似ていると思います。

 CD制作となると、扱うテーマは違えど、音源を収録した盤面と表紙、ブックレットだけですべてを表現しなくてはならないので、雑誌の方がより自由度が高い部分はあるかもしれません。ただそれは、この仕事をまだ深く理解できていないからこそ感じることなのかもしれないですね。CDという媒体でどんなことが表現できるのか、どういった可能性があるのか、日々模索している最中です。


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今回特に力を入れたのがこのパッケージ。小説で使われたものと同じ紙を使用し、手触りや質感にまでこだわったという。盤面はもちろん、ピアノをイメージした“白と黒”。



 ────「蜜蜂と遠雷 音楽集」は、いわば小説のサウンドトラックですが、オムニバスのピアノ曲CDとして聴くと、予期せぬ曲が意外な曲順で現れておもしろいですね。このCDのアルバムとしての魅力を教えてください。

 小説の中には多くの楽曲が登場しますが、このアルバムではその中から厳選した19曲を選んで収録しています。小説を読みながら聴いていただくことを想定しているので、曲順は前から演奏順に並べました。通常のCDのように大きな流れを意識して曲を並べ替えることができないため、その点は非常に苦心しましたが……。

 楽曲を選ぶ際には、読者の方が小説を読み進めて行く時に、きっと気になるであろう曲、登場人物たちにとってポイントになりそうな曲をピックアップしていきました。主人公たちは、まだ10〜20代のアマチュアピアニストたちということで、あえて巨匠然とした演奏ではなく、どこかピュアで若々しさを感じさせる演奏が中心です。また、数ある音源の中から、恩田さんの演奏描写に最も近いと感じた演奏を選びました。 全体的には非常に大きい分量の長編小説ですが、ひとつの曲に対して書かれている部分は意外と少ないので、CDをかけながらゆっくり読み進めればちょうど良い位の長さになっているのではないかなと思っています。初めてクラシックを聴くという方にも聴きやすい内容ですので、もう本を読んだ方も、まだ読んでいない方も、ぜひもう一度CDと共にお楽しみください。


 ────今後も「小説のサウンドトラック」をお作りになるおつもりはありますか?

 小説とクラシック音楽は非常に親和性が高く、相性が良い組み合わせだと感じています。ナクソスは、「ない曲がない」と言われるほど、クラシックの楽曲を膨大に持っているレーベルですので、きっとどんな小説のサントラでも実現できると思います。また機会があれば、ぜひチャレンジしてみたいですね!









*「蜜蜂と遠雷 音楽集」アルバム情報ページはこちら

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