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コラム:水谷彰良の「聴くサリエーリ」第3回




第3回
サリエリ(サリエーリ):
シンフォニア集と変奏曲集




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サリエリ(サリエーリ): シンフォニア集と変奏曲集
 Chandos(シャンドス)レーベル
 マティアス・バーメルト(指揮)/ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ



   

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Track 01
『クブライ、韃靼族の大汗』序曲



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 歌劇『クブライ、韃靼[だったん]族の大汗』は1786~88年に作曲されたが、モンゴル帝国第五代皇帝クビライ[イタリア語とその役名はクブライ]を主人公とする題材がトルコ戦役の時世に不適切と判断され、生前未上演に終わった。序曲はニ長調、2分の2拍子、アレグロ。編成は標準的な2管編成。勢いのある上向音型の開始部(0:00-)に続いて第一ヴァイオリンが弾むような旋律を提示し(0:22-)、ただちに総奏で繰り返す。華やかな音楽を経て一段落すると、フルート独奏が新たな旋律を奏する(1:31-)。ヴァイオリンの主題が再帰しての後半部(2:23-)は自由に展開しながら徐々に興奮を高め、曲中に何度も用いたベートーヴェン『運命』風の「タタタ・ター」の音型で締め括る。サリエーリはこの曲について、「ごく一般的な英雄的性格の序曲だが、主人公である韃靼族の大汗クブライの厳格で粗削りな性格にふさわしく厳格な歩調を保っている」と自筆譜に記している。

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Track 02
『スペインのラ・フォリアの主題による変奏曲』



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 サリエーリの管弦楽曲は1775年作曲のシンフォニア「聖名祝日」(下記 [10]-[13])を最後にいったん途絶えたが、40年の空白を経て1815年12月にこの変奏曲を作曲した。主題「ラ・フォリア」はイベリア半島起源の3拍子系の舞曲で「狂気」の語義から非常に速いテンポとされたが、17世紀には落ち着いた速度の変奏形式が好まれ、フランスではリュリやマレ、イタリアではコレッリ、スカルラッティ、ヴィヴァルディらがこの主題による変奏曲を作曲した。サリエーリはこの作品を「通称スペインのラ・フォッリーアのアリアによる26の変奏曲」と題したが、21番の変奏をカットして題名を「24の変奏曲」と誤って修正したため、自筆譜を所蔵するウィーン国立図書館の目録も「24の変奏曲」とする(現在は21番を含む26の変奏が演奏される)。管弦楽は通常の2管編成に3本のトロンボーンとハープを加え、変奏ごとに使用する楽器、テンポ、拍子を変えている(以下その記載を省略し、概要のみ記す。このアルバムはトラックで区分せず全曲を[Track 02]に収録)。

 主題(0:00-)はホ短調、4分の3拍子、アンダンテ。サリエーリはこれをクラリネットとファゴットで聖歌風に示し、第1変奏(0:38-)はチェロとコントラバスによる主題に弱音器付きのヴァイオリンが絶妙に絡む。第2変奏(1:12-)ではヴァイオリンの素早い動きに木管楽器が合いの手を入れ、第3変奏(1:45-)に大編成で主題を響かせる。第4変奏(2:18-)はハープ独奏に総奏が和音で答え、第5変奏(3:05-)で4分の2拍子に転じて短く切り詰める。第6変奏(3:22-)はフルートとファゴットがトリル風に鳴らし続け、第7変奏(4:07-)ではヴァイオリンがフラメンコ風に奏する。第8変奏(4:28-)は強奏を交えて主題を厳粛に表し、第9変奏(5:16-)ではピツィカートを伴奏にヴァイオリン独奏が技巧的に奏する。
 第10変奏(6:06-)はトロンボーンとティンパニによる葬送音楽風で、第11変奏(6:56-)で活力を取り戻す。第12変奏(7:19-)をヴァイオリン2部の対話で構成し、第13変奏(7:43-)で金管楽器が主題を奏する。第14変奏(8:26-)は弦楽器による主題にハープがギター風に応じ、第15変奏(9:03-)ではヴァイオリン独奏の上向音型に木管楽器が答える。第16変奏(9:48-)で新たに活力を取り戻し、第17変奏(10:11-)は短い音型を楽器間で軽妙にやりとりする。第18変奏(10:55-)では合奏による主題のフレーズの最後をヴァイオリン独奏が遠くからエコーのように反復し、ヴァイオリン独奏を主役に哀愁に富む第19変奏(11:45-)となる。
 第20変奏(12:34-)はシンコペーションにより焦燥感を醸し出し、ファゴットとフルートの独奏が対話する第21変奏(12:58-)は斜線でカットが指示されている。第22変奏(13:32-)はオーボエとクラリネット独奏による牧歌的対話、第23変奏(14:15-)では二つのグループに分かれた弦楽器が素早く応酬する。第24変奏(14:39-)はプレストの8分の6拍子でエネルギッシュなスペイン音楽をほうふつとさせ、第25変奏(15:08-)は一転してヴァイオリン独奏、ハープ、ファゴット、クラリネット、オーボエ、フルートの独奏が順次自由な楽想を示し、叙情的でファンタジーに富む音楽となる。これがハープの和音で印象的に閉じられると、終曲の第26変奏(16:28-)が壮麗に始まり、独奏楽器の叙情的楽想も交えて輝かしく締め括られる。

 65歳で作曲したこのサリエーリ最後の管弦楽曲は時代の先端を行く名作で、ウィーン古典派の中にあって彼がひときわ創意に富む、傑出した作曲家だったことの証明でもある。


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『スペインのラ・フォリアの主題による26の変奏曲』の
自筆譜(ウィーン国立図書館所蔵)





Track 03
『アンジョリーナ』序曲



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 1800年ウィーンのケルントナートーア劇場で初演された喜歌劇。貧しい青年レアンドロが叔父ヴァレーリオ男爵の遺産を得るため恋人アンジョリーナを淑やかな女性に仕立て、婚約させる。すると彼女は騒々しい女に変身して男爵を困らせ、レアンドロとの結婚を認めさせる。序曲はニ長調、2分の2拍子、アレグロ・コン・フォーコ[情熱的なアレグロ]。標準的な2管編成だが、打楽器にティンパニ、シンバル、大太鼓を用いる。サリエーリはこの序曲を「題材にふさわしく、すべてが陽気な曲」と自筆譜に記しており、活力に富む音楽で劇への期待感を高める。





Track 04-06
『シンフォニア、ニ長調「ヴェネツィアーナ」』



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 この作品は不詳の人物が歌劇『やきもち焼きの学校』と『思いがけない出発』の序曲で構成し、1780年代にナポリのマレスカルキ社から『シンフォニア、第19番Sinfonia N.19』と題して出版された。「ヴェネツィアーナ」の名称は1961年に出版されたリコルディ版の校訂者が与えたもので、3つの楽章からなる。

[Track 04] 第1楽章 ニ長調、2分の2拍子、アレグロ・モルト。『やきもち焼きの学校』(1779年ヴェネツィア初演)の序曲そのままだが、一部楽器の用法が異なり、テンポもアレグロからアレグロ・モルトに変更されている。編成はオーボエ2、ホルン2、弦楽合奏。軽快な中にも勢いのある音楽で始まり(0:00-)、第一ヴァイオリンが爽やかな旋律の二つの主題(1:00-) (1:38-)を奏する。続いて冒頭の音楽に戻り(2:28-)、自由な展開を経て華やかに閉じられる。
[Track 05] 第2楽章 ト長調、4分の2拍子、アンダンティーノ・グラツィオーゾ。イタリア式の3楽章形式で書かれた『思いがけない出発』(1779年ローマ初演)序曲の第2楽章だが、テンポ表示はマエストーゾからグラツィオーゾに変更されている。弦楽合奏のみの優雅な緩徐楽章で、半終止のまま次の楽章に移る。
[Track 06] 第3楽章 ニ長調、8分の3拍子、プレスト。『思いがけない出発』序曲の第3楽章。編成はオーボエ2、ホルン2、弦楽合奏。速いテンポの明るく華やかな3拍子の音楽。






Track 07-09
『宿屋の女主人』序曲



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 1773年ウィーンで初演された『宿屋の女主人』はカルロ・ゴルドーニの同題の戯曲(1753年)を原作に、宿泊客の貴族たちを魅了するフィレンツェの女主人ミランドリーナが下男ファブリーツィオと結ばれるまでを描く喜歌劇。序曲は各2本のオーボエ、ファゴット、ホルン、弦楽合奏の簡素な編成で、師ガスマンのイタリア様式のシンフォニアを手本に、三つの楽章からなる。

[Track 07] 第1楽章 ニ長調、2分の2拍子、アレグロ(ディスクのアレグロ・アッサイは誤り)。ホルン重奏の冒頭主題(0:00-)と弦楽合奏主体の快活な音楽。後半部(2:12-)は冒頭主題の一部を移調しながら繰り返して始まり、基本素材に変化をつけて進行し、軽やかに弾んだ調子で閉じられる。
[Track 08] 第2楽章 イ長調、2分の2拍子、アンダンティーノ。弦楽合奏とファゴットによる緩徐楽章。ガヴォット風の歩む調子の優雅な音楽と、その旋律を変形させた中間部からなる。
[Track 09] 第3楽章 ニ長調、8分の6拍子、プレスト。ホルンの刻みのリズムと8分の6拍子のタランテッラ舞曲調の旋律で構成された短くも小気味よい終曲。






Track 10-13
『シンフォニア、ニ長調「聖名祝日」』



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 これはサリエーリが劇作品の序曲以外に作曲した唯一のシンフォニアで、四楽章で構成するウィーン派の交響曲と理解しうる。自筆譜には1775年の年号と共に「聖名祝日[註]と題されたシンフォニア。前記年の8月、とある庭園で作曲」と書かれている。編成はクラリネットを含まない2管編成で、次の四つの楽章からなる。
[註]自筆譜における聖名祝日の表記はIl giorno nomasticoだが、現在はnomasticoをonomasticoと修正して題名とする。

[Track 10] 第1楽章 ニ長調、2分の2拍子、アレグロ・エ・クワジ・プレスト。総奏の和音(0:00-)に続いて上向するスタッカートの短い動機を、オーボエ、ホルン、トランペット、その他の楽器(弦楽5部、フルート、ファゴット、ティンパニ)が順次畳みかけて奏する。快活な音楽を経て一息つくと、弦楽合奏の伴奏で新たな主題をフルート、ファゴット、オーボエの各独奏が引き継ぐ(0:59-)。冒頭部の再現をきっかけに(2:56-)やや激しい音楽に転じながらも落ち着きを取り戻し、華やかに終わる。
[Track 11] 第2楽章 イ長調、4分の3拍子、ラルゲット。穏やかで神秘的な弦楽器の音楽で始まり(0:00-)、フルートとオーボエの独奏が優美な旋律を提示し(0:47-)、ファゴットもこれに加わる。弦を交えた優しい対話が静かに続く。
[Track 12] 第3楽章 ニ長調-ト長調、4分の3拍子、ミヌエット-トリオ。金管楽器とティンパニを伴う華麗なミヌエット[メヌエット]。弦楽器とファゴットによるトリオを挟み(1:11-)、ミヌエットを繰り返す。
[Track 13] 第4楽章 ニ長調、2分の2拍子、アレグレット・エ・センプレ・リステッソ・テンポ[常に同じテンポで]。軽妙洒脱なフルートと弦楽合奏の主題(0:00-)によるロンド。他の楽器を加えたクレシェンドを挟み、8分の6拍子の新たな音楽が現われる(1:41-)。冒頭主題の再帰(2:30-)に宮廷舞曲風の高雅な音楽を交えて自由に展開し、諸主題と異なる拍子を交互に置いて不思議な終わり方をする。


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『シンフォニア、ニ長調「聖名祝日」』の
自筆譜(ウィーン国立図書館所蔵)





Track 14
『ファルスタッフ』序曲



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 1799年ウィーン初演の『ファルスタッフ、あるいは三つの悪ふざけ』は、シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』を原作とする喜歌劇。サリエーリ後期の名作で、最初の3年間にウィーンで26回上演された。序曲はニ長調、4分の2拍子、アレグロ・アッサイ。標準的な2管編成。浮き浮きとした調子の第一ヴァイオリンの音楽で始まり(0:00-)、華やかな総奏を挟んでオーボエ独奏が小回りの利いた旋律を奏でる(0:28-)。その後はヴァイオリンの主題を繰り返しつつフルートの独奏を挟んで変化をつけ、ファゴット独奏が新たな主題を奏する(1:53-)。華やかな経過部と自由な展開を経てヴァイオリンの主題が再帰し(3:16-)、金管楽器と打楽器も交えて壮麗に締め括る。





【執筆者】
水谷彰良 Akira Mizutani

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1957年東京生まれ。音楽・オペラ研究家。日本ロッシーニ協会会長。著書:『プリマ・ドンナの歴史』(全2巻。東京書籍)、『ロッシーニと料理』(透土社)、『消えたオペラ譜』『サリエーリ』『イタリア・オペラ史』『新 イタリア・オペラ史』(以上 音楽之友社)、『セビーリャの理髪師』(水声社)、『サリエーリ 生涯と作品』(復刊ドットコム)。日本ロッシーニ協会ホームページに多数の論考を掲載。

朝日カルチャーセンター新宿 講座「ロッシーニ音楽祭40年史」
7/24、7/31(水)13:00~14:30
https://www.asahiculture.jp/course/shinjuku/eb0673ae-df28-5bbf-719e-5ca18b540d07

大阪よみうり文化センター 水谷彰良講演会「サリエーリ – モーツァルトに消された宮廷楽長」
9/23(月祝)14:00~16:00
https://www.oybc.co.jp/event_hq/detail_29934






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