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コラム:水谷彰良の「聴くサリエーリ」第4回




第4回
サリエリ(サリエーリ):
オルガン協奏曲と二つのピアノ協奏曲




概説:サリエーリの協奏曲
サリエーリの協奏曲(コンチェルト)は、1770~77年の8年間にウィーンで作曲した次の6曲がすべてである(題名は略記)

(1) オーボエ、ヴァイオリン、チェロのための協奏曲 ニ長調(1770年)
(2) オルガン協奏曲 ハ長調(1773年)
(3) ピアノ協奏曲 ハ長調(1773年)
(4) ピアノ協奏曲 変ロ長調(1773年)
(5) フルート、オーボエのための協奏曲 ハ長調(1774年)
(6) 室内小協奏曲[フルート小協奏曲] ト長調(1777年)

楽譜は生前未出版で、自筆譜の大半がウィーンのオーストリア国立図書館に所蔵されている。今回はオルガン協奏曲と二つのピアノ協奏曲を取り上げ、残り3曲は第5回に概説する。




オルガン協奏曲




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パエール:オルガン協奏曲/サリエリ(サリエーリ):オルガン協奏曲/ほか
 La Bottega Discantica レーベル
 ステファノ・インノチェンティ(オルガン)/マルコ・バルデーリ(指揮)/
イ・ポメリッジ・ムジカーリ



   

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Track 09-11
『オルガン協奏曲』



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『オルガンと管弦楽のための協奏曲』。自筆譜の冒頭右隅にサリエーリの筆で「ウィーン、[1]773。パラディース嬢のために作曲」と書かれている(サリエーリはFreule Paradisと表記)。該当するのは当時14歳の盲目の女性音楽家マリア・テレージア・フォン・パラディース(Maria Theresia von Paradis,1759-1824)。ウィーン宮廷書記官ヨーゼフ・フォン・パラディースの娘として生まれた彼女は幼い頃に失明したが、宮廷音楽家からピアノ、オルガン、歌唱を学び、神童と見なされた。サリエーリとの関係を示すドキュメントは存在しないが、歌を教えたと考えられている。
 編成はオルガン独奏と管弦楽(オーボエ2、トランペット2、ティンパニ[アレグロ・アッサイ楽章のみ]、弦楽合奏)。サリエーリは二つのアレグロ楽章のみ作曲し、その間の緩徐楽章は2頁分の空白で、才能豊かなパラディースの即興演奏に委ねたものと思われる(別な可能性は下記)。パラディースは1770年代にウィーンの演奏会に出演し、サリエーリもそれを前提に、最初の楽章のカデンツァも彼女の技量をふまえて作曲したものと思われる。次に、全3楽章として概説する。

[Track 09] 第1楽章  ハ長調、4分の4拍子、アレグロ・マ・ノントロッポ。
序奏に続いてオルガン独奏が同じ主題で弾き始める(1:14-)。楽器はペダルの無いオルガンを想定し、右手と左手の対話を挟んで進行し、短調の主題も現れる(2:13-)。管弦楽がこれを繰り返すとオルガンが冒頭主題を再現(3:46-)、自由な展開を経て技巧的なカデンツァ(7:53-)を挟んで締め括る。

[Track 10] 第2楽章 この楽章は作曲されなかったが、空白の頁に第三者が鉛筆で「セレナータの中にアダージョを探せCerca l’adagio fra le Serenate」と記しており、サリエーリのバレエ音楽、12曲からなる『セレナータ』の第3曲(ト長調、2分の2拍子、カンタービレ)にも同じ筆跡の鉛筆書きで「この曲をオルガン用にしてその楽器の協奏曲のアダージョに役立てる」と書かれている。この録音は該当するバレエ音楽を原曲のまま採用し、オーボエ独奏が美しいカンタービレの旋律を奏でる(但し、筆者はオルガンが関与しない緩徐楽章の採用は不適切と思うのだが…)。

[Track 11] 第3楽章 ハ長調、2分の2拍子、アレグロ・アッサイ。
管弦楽にティンパニを加えた華やかな前奏に続いて同じ主題をオルガンが弾き始める(0:32-)。オルガンは随時素早い三連音符で技巧を示す。冒頭主題をト長調で繰り返す部分(1:55-)から展開部となり、右手の三連音符やトリルを交えたパッセージでオルガンの妙技を印象付け、管弦楽が主題を短く繰り返して閉じられる。

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『オルガン協奏曲』の自筆譜の
自筆譜(ウィーン国立図書館所蔵)






2つのピアノ協奏曲




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サリエリ(サリエーリ):ピアノ協奏曲 変ロ長調/ピアノ協奏曲 ハ長調
 Warner Classics レーベル
 アルド・チッコリーニ(ピアノ)/イ・ソリスティ・ヴェネティ/
クラウディオ・シモーネ(指揮)



   

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サリエーリは少年期にヴァイオリンとチェンバロを学んだが、ウィーンではオペラ作曲家となるための教育を受け、ピアノの技術を示す鍵盤曲を作曲していない。にもかかわらず23歳で突然二つのピアノ協奏曲──正式には『ピアノフォルテと管弦楽のための協奏曲』──を書いた動機は不明だが、充分なピアノの技巧を具えたサリエーリが高位の人物からの依頼を受け、作曲したものと思われる(モーゼルによる伝記の作品目録に「2人の女性のために作曲(für zwei Damen componirt)」とあるが、該当者は不明)。
自筆譜と写譜に「[1]773」とあり、1773年の作とされる[註]。表紙に「チェンバロ」(ハ長調)、「クラヴィチェンバロ」(変ロ長調)、独奏パートに「チェンバロ」と書かれているが、当時はフォルテピアノもチェンバロと称されピアノ協奏曲と判断しうる。管弦楽の編成はオーボエ2、ホルン2、弦楽合奏。サリエーリ文献は通例ハ長調~変ロ長調の順に紹介するが、本稿ではトラック順に概説する。
[註]モーゼルの目録における「1778年」は疑問。変ホ長調の自筆譜は確認されず、サリエーリの書き込みのある筆写譜のみ現存。




Track 01-03
『ピアノ協奏曲 変ロ長調』



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[Track 09] 第1楽章  変ロ長調、4分の2拍子、アレグロ・モデラート。
管弦楽の前奏に続いてピアノ独奏が同じ主題で弾き始める(1:43-)。基本的に右手を旋律、左手を伴奏に充て、右手はトリルや装飾音を多用し、簡単な技術で華やかな効果を挙げるよう工夫されている。3オクターヴの下降音型に続くトリルで一旦停止し、新たな主題を弾き始める(3:02-)(この演奏ではチッコリーニがフェルマータに繋ぎのパッセージを挿入して開始)。ヘ長調で冒頭主題を再帰させて展開部となり(5:05-)、ピアノの魅力を高めて進み、サリエーリ作曲と思われるカデンツァ──楽譜の末尾に書かれている──を挟み(9:55-)、華やかに閉じられる。

[Track 10] 第2楽章 変ホ長調、4分の4拍子、アダージョ。
ピアノ独奏で始まる美しい緩徐楽章。左手の分散和音を伴奏に右手がトリルと装飾を加味した旋律を奏で、弦楽合奏が静かに寄り添う。転調を重ね、光と影が交錯する夢幻的な雰囲気がサリエーリの音楽性の証となる。最後に短いカデンツァを挟み(6:37-)、静かに終わる。

[Track 11] 第3楽章 変ロ長調、4分の3拍子、テンポ・ディ・メヌエット。
宮廷舞曲風のメヌエット主題とその変奏で構成した終楽章。最後に短いカデンツァが挿入される(5:23-)。なお、サリエーリ最初の協奏曲『オーボエ、ヴァイオリン、チェロのための協奏曲、ニ長調』でも終楽章に変奏形式を用いている。



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『ピアノ協奏曲 変ロ長調』第2楽章の冒頭
(筆写譜。ウィーン国立図書館所蔵)







Track 04-06
『ピアノ協奏曲 ハ長調』



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[Track 09] 第1楽章  ハ長調、4分の2拍子、アレグロ・マエストーゾ
管弦楽の前奏に続いてピアノ独奏が同じ主題で弾き始める(1:43-)。基本的に右手を旋律、左手を伴奏に充て、右手はトリルや装飾音を多用し、簡単な技術で華やかな効果を挙げるよう工夫されている。3オクターヴの下降音型に続くトリルで一旦停止し、新たな主題を弾き始める(3:02-)(この演奏ではチッコリーニがフェルマータに繋ぎのパッセージを挿入して開始)。ヘ長調で冒頭主題を再帰させて展開部となり(5:05-)、ピアノの魅力を高めて進み、サリエーリ作曲と思われるカデンツァ──楽譜の末尾に書かれている──を挟み(9:55-)、華やかに閉じられる。

[Track 10] 第2楽章 イ短調、8分の12拍子、ラルゲット
弦楽器のピツィカートを伴奏に、ピアノ独奏が憂愁の美を湛える旋律を奏でるシチリアーノのリズムの緩徐楽章。主題を長調に変換して始まる後半部(2:21-)も魅力的で、徐々に盛り上がりをみせ、短いカデンツァ(5:10-)を挟んで終わる。

[Track 11] 第3楽章 ハ長調、4分の3拍子、アンダンティーノ
テンポの速いメヌエット風のロンド形式による終楽章。トリオに当たる中間部(3:13-)を経て、冒頭主題を再現して閉じられる。



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『ピアノ協奏曲、ハ長調』第1楽章の
自筆譜(ウィーン国立図書館所蔵)






付記
 モーツァルトは多数のピアノ協奏曲を作曲したが、最初の4作(K.37, K.39-41)は他作曲家の楽曲の編曲で、オリジナル作品は1773年12月作曲の第5番(K.175)から。それゆえサリエーリ作品の理解には、モーツァルトとの比較よりも、1773年以前に出版されウィーンでも知られたチェンバロまたはピアノのための協奏曲を聴く方が有益である。とりわけ少年期のモーツァルトも知るヨハン・ショーベルト(?-1767)、バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-88)、末息子ヨハン・クリスティアン・バッハ(1735-82)の作品が参考になる。

【例】 J.ショーベルト: 『チェンバロ協奏曲、ト長調』作品18の5 ♪試聴♪
J.C.バッハ: 『ピアノ協奏曲、変ホ長調』作品7の5 ♪試聴♪





【執筆者】
水谷彰良 Akira Mizutani

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1957年東京生まれ。音楽・オペラ研究家。日本ロッシーニ協会会長。著書:『プリマ・ドンナの歴史』(全2巻。東京書籍)、『ロッシーニと料理』(透土社)、『消えたオペラ譜』『サリエーリ』『イタリア・オペラ史』『新 イタリア・オペラ史』(以上 音楽之友社)、『セビーリャの理髪師』(水声社)、『サリエーリ 生涯と作品』(復刊ドットコム)。日本ロッシーニ協会ホームページに多数の論考を掲載。

大阪よみうり文化センター 水谷彰良講演会「サリエーリ – モーツァルトに消された宮廷楽長」
9/23(月祝)14:00~16:00
https://www.oybc.co.jp/event_hq/detail_29934






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