Home >

コラム:水谷彰良の「聴くサリエーリ」第9回




第9回
サリエリ(サリエーリ):
歌劇『はじめに音楽、次に言葉』




salieri_logo




サリエリ(サリエーリ): はじめに音楽、次に言葉』
Prima la musica e poi le parole

 belvedere edition レーベル
 ニコラウス・アーノンクール指揮, ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
 メルバ・ラモス(ソプラノ/エレオノーラ), エヴァ・メイ(ソプラノ/トニーナ)他


 

CD

rakuten/バナー

 

ダウンロード

 iTunes/バナー

ストリーミング

 NML/バナー applemusic/バナー spotify/バナー





歌劇
『はじめに音楽、次に言葉』

Prima la musica e poi le parole
1幕の劇場娯楽劇(ディヴェルティメント・テトラーレ)


台本:ジョヴァンニ・バッティスタ・カスティ
初演:1786年2月7日 ウィーン、シェーンブルン宮のオランジェリー


『はじめに音楽、次に言葉』は、シェーンブルン宮のオランジェリー(大温室)で催す祝典の余興用にヨーゼフ2世から求められた1幕の歌劇である。初演は1786年2月7日、イタリア・オペラとドイツ・オペラの優劣を競わせるため、モーツァルトのジングシュピール『劇場支配人』に続いて同じ会場のもう一つの舞台で行われた。『劇場支配人』が序曲と4つの楽曲を交えたドイツ語の芝居であるのに対し、『はじめに音楽、次に言葉』は1幕ファルサ(笑劇)の要素をすべて備えたオペラ・ブッファである。
 ジョヴァンニ・バッティスタ・カスティによる台本は、オペラが作られるプロセスを風刺的に描く。登場人物はドンナ・エレオノーラ(ソプラノ。オペラ・セリアのプリマ・ドンナ)、トニーナ(ソプラノ。オペラ・ブッファのプリマ・ドンナ)、作曲家(バス。マエストロ)、詩人(バス。ポエータ)の4人。物語は、伯爵から祝典で上演するオペラを4日間で作るよう命じられた作曲家が自分の音楽に合う台本を詩人に求めるところから始まる。彼らは性格の異なる2人の女性歌手を登場させるため、珍妙なドラマと歌を生み出すことになる。
 音楽は序曲と13のナンバーからなる。次にあらすじと聴きどころを示す(カットを含む内容は音源のアーノンクール盤に準拠。但し[Tracks 1]のアーノンクールによる解説は省略する)。





全1幕



salieri_logo

ナクソス・ミュージック・ライブラリー試聴ボタン
♪非会員は冒頭30秒を試聴できます♪



[Track 2] 序曲
変ロ長調、4分の2拍子、アレグロ・コン・ブリオ。快活で勢いのある単一テンポの序曲(シンフォニア)。『はじめに音楽、次に言葉』のために書かれ、後に歌劇『忠実な羊飼い』(1789年)序曲に転用される。

[Track 3] 第1曲:二重唱~レチタティーヴォ
作曲家が詩人に「伯爵さまが4日間でオペラを作るよう望んでいる」と話し、大急ぎで台本を書くよう求める。2人は4日で作れるわけがないと呆れつつ、自分たちの置かれた立場を嘆く(二重唱。ニ長調、4分の2拍子、ウン・ポコ・アレグロ)。
続くレチタティーヴォ(4:41-)で音楽が先に書かれていると知った詩人は抵抗するが、観客は音楽を聴くだけで台本に注意を払わないと言われてしまう。パトロンが著名な女性歌手を推していると教えられた詩人は、別な有力者が喜劇の滑稽な女歌手を推していると話し、報酬の取り分で言い争う。そこにドンナ・エレオノーラが現れ(6:50-)、ヨーロッパ中でオペラ・セリアの主役を演じて成功を収めたと自慢する。作曲家はサリエーリのカヴァティーナの楽譜を渡し、歌うよう求める。

[Track 4] 第2曲:カヴァティーナ~レチタティーヴォ
エレオノーラがオペラ・セリアの様式で書かれたカヴァティーナ「悲しい思いよPensieri funesti」を始めると(0:00-)、すぐに詩人が「もっと感情を込めて」とダメ出しし(0:50-)、大げさに歌ってみせる(1:03-)。腹を立てたエレオノーラは詩人を無視し、サビーノ役を演じると言う。

[Track 5] 第3曲:伴奏付きレチタティーヴォ
エレオノーラがドラマティックなレチタティーヴォを歌うと(0:00-)、詩人が表現にケチをつける(1:07-)。彼女は気分を害するが、作曲家のとりなしで気を取り直す。

[Track 6] 第4曲:アリア~レチタティーヴォ
作曲家がアリア「そこで、私が誰か判るでしょうLà tu vedrai chi sono」の冒頭を歌い、エレオノーラが新たに歌い始める(0:12-)。そしてアレグロに転じ(0:46-)、華麗なコロラトゥーラで自分の技巧をアピールする。作曲家が感嘆の声をあげ(2:25-)、詩人がケチをつける。エレオノーラは「地下で死ぬサビーノが家族に別れを告げるシーンをやりたい」と言い出し、詩人にいかめしい顔をして黙って立っているよう頼む。

[Track 7] 第5曲:ロンド/レチタティーヴォ~第6曲:ロンド/三重唱
エレオノーラは悲しげなロンドを歌い始めるが、詩人と作曲家の態度が気に入らず注文をつける(第5曲、ロンド/レチタティーヴォ)。あらためて歌い始めると(0:57-)、作曲家がファルセットで伴奏する。エレオノーラはシリアスに演じ続けるが、詩人が女性役をファルセットで歌うと(2:57-)、ふざけていると怒る。そして続きをアレグロで歌い(3:17-)、詩人と作曲家をうんざりさせる(第6曲、三重唱)。歌い終えたエレオノーラは(5:59-)自分の能力を示せたと満足し、家で待ってるから私の役の続きを作ってね、と言って立ち去る(レチタティーヴォ)。

[Track 8] レチタティーヴォ
詩人と作曲家はオペラを完成するために作業を再開する(0:00-)。詩人が歌詞をひねり出そうとして苦労していると、作曲家はオペラ・ブッファの女性歌手のためのアリア「お願いです、ご主人さまPer pietà, padrona mia」を思いつく(2:34-)

[Track 9] 第7曲:二重唱~レチタティーヴォ
作曲家がアリアを歌い(0:00-)、詩人もインスピレーションを得て仕事がはかどり、これで完成できると喜ぶ(二重唱)。だが、ジューリオ・サビーノの役がカストラート用に作曲されたと知った詩人は(4:49)、「お願いです、ご主人さま」を滑稽な小間使いに歌わせてセリアとブッファを混ぜこぜにしようと思い立つ。作曲家はこれで滑稽歌手のパトロンからお金をもらえると喜び、彼女を呼びに行かせる(レチタティーヴォ)。

[Track 10] 第8曲:アリア~レチタティーヴォ
独りになった作曲家は歌いながら「お願いです、ご主人さま」を仕上げ、出来栄えに満足して部屋を離れる(アリア)。パトロン推薦の歌手トニーナが、詩人に連れられて現れる(1:28-)。楽譜を見つけた彼女は、あれこれケチをつけて床に投げ捨てる。そこに作曲家が戻り、自分の楽譜が捨てられているので愕然とする。トニーナはどんな役も性格も上手に演じられると言い、さまざまな台詞を口にする(レチタティーヴォ)。
註:続いてトニーナはフランス語で歌い演じるが(第9曲、伴奏付きレチタティーヴォ)、アーノンクール盤はカットして次の第10曲に繋げる。

[Track 11] 第10曲:アリア~レチタティーヴォ
トニーナは自分の結婚祝いにやってくる人々を想像して陽気に歌い踊り(0:00-)、突然不吉な思いにかられても(0:50-)、楽しく飛び跳ねる。続いて喪服を着た人たちに問いかけ(1:47-)、夫の死を嘆き、涙ながらに夫の霊に呼びかける(3:09-)。そして唖然とする詩人と作曲家を尻目に殺人者を激しく非難し(5:03-)、歌い終える(以上、アリア)。詩人はトニーナに、昨日歌で殿様を爆笑させたことを思い出させる(レチタティーヴォ)。

[Track 12] 第11曲:カヴァティーナ~レチタティーヴォ
トニーナが音節を何度も区切って繰り返すおかしな歌を歌う(0:00-)。満足した詩人は(1:09)トニーナをお姫さまの自殺を思いとどまらせる小間使いの役にしようと提案、作曲家は先ほど書いた楽譜を彼女に渡す(レチタティーヴォ)。

[Track 13] 第12曲:アレグレット~レチタティーヴォ
トニーナが歌い始めると(アレグレット)、不意にエレオノーラが姿を現す(0:17-)。自分のアリア「もしも私の涙がSe questo mio pianto」の楽譜を見つけたエレオノーラはそれを歌うと言い、トニーナも自分のアリアを一緒に歌うことにする(レチタティーヴォ)。

[Track 14] 第13曲:フィナーレ(四重唱)
エレオノーラとトニーナは「もしも私の涙が」と「お願いです、ご主人さま」を同時に歌い出し、詩人と作曲家もそれぞれ歌手に話しかけて四重唱になる。エレオノーラがトニーナを気に入ったので(1:21-)、詩人と作曲家は安心する。そして皆で協力すればオペラを4日間で作るのは簡単さ、これで成功間違いなしと一同満足する。









付記

 通常のオペラ・ブッファが劇をレチタティーヴォ・セッコで進め、人物の感情を独立したアリアで歌うのに対し、台本と音楽が緊密に結びついた『はじめに音楽、次に言葉』には単独に演奏・録音されるアリアが無い。エレオノーラのカヴァティーナ(第2曲[Track 4])と伴奏付きレチタティーヴォ(第3曲[Track 5])も、始めてすぐに詩人にケチをつけられる。最初のアリア「そこで、私が誰か判るでしょう」(第4曲[Track 6])は当時人気のあったジュゼッペ・サルティの歌劇『ジューリオ・サビーノ』からの借用で、エレオノーラ役を演じたアンナ・ストラーチェ[ナンシー・ストレース]はこれを著名なカストラート、ルイージ・マルケージのスタイルを真似て歌ったという(原曲は『サルティ:歌劇「ジューリオ・ザビーノ」』(Bongiovanniレーベル)CD1の[Track 17]で聴けます)。作曲家のアリアは歌いながら曲を生みだす過程をコミカルに表現し(第8曲[Track 10])、トニーナのアリア(第10曲[Track 11])もオペラのヒロインが演じるさまざまなシーンをパロディ化して繋ぎ合わされている。
『はじめに音楽、次に言葉』の優れた点はこうした奇抜な発想やパロディ精神にあり、カスティの台本の価値も長い時を経て1934年に作家シュテファン・ツヴァイクによって見出され、リヒャルト・シュトラウス最後のオペラ『カプリッチョ』(1942年)が誕生する発端となった。その真価は、台本や楽譜を見ながら聴けば良く分かるだろう(ヴォーカルスコアはショット版とベーレンライター版の2種が出版されている)。

●『はじめに音楽、次に言葉』ヴォーカルスコア(ショット版)

●『はじめに音楽、次に言葉』ヴォーカルスコア(ベーレンライター版)





【執筆者】
水谷彰良 Akira Mizutani

salieri_logo

1957年東京生まれ。音楽・オペラ研究家。日本ロッシーニ協会会長。著書:『プリマ・ドンナの歴史』(全2巻。東京書籍)、『ロッシーニと料理』(透土社)、『消えたオペラ譜』『サリエーリ』『イタリア・オペラ史』『新 イタリア・オペラ史』(以上 音楽之友社)、『セビーリャの理髪師』(水声社)、『サリエーリ 生涯と作品』(復刊ドットコム)。日本ロッシーニ協会ホームページに多数の論考を掲載。






アントニオ・サリエリ アーティストページにもどる



水谷彰良の「聴くサリエーリ」トップページにもどる