2019/2/3(SUN)「サリエリナハトフェスト」イベントレポート
文・写真:ナクソス・ジャパン
2019年2月3日、朝8時半。東京、青山一丁目。
スタッフよりも先に会場に到着したのは、大きなスタンドフラワー。
会場入口に飾られたスタンドフラワー
「サリエリファン一同より」……
アントニオ・サリエリ。
18世紀後半から19世紀初頭にかけて、音楽の都ウィーンを拠点に活動し、イタリア・オペラのヒット作を次々と世に放った宮廷楽長。
アントニオ・サリエリ(1750-1825)
しかし。空前の人気を誇った生前ならばいざ知らず……。
亡くなって200年近くが経とうという頃、しかもウィーンから遠く離れた日本で、このような大輪の花々が“ファン”の手によって贈られようとは。
いったい、誰が想像したでしょうか。
────サリエリを好きになったきっかけも、想いも、人それぞれ。
共通しているのは「サリエリの人となりや音楽をもっと知りたい」という強い好奇心。
午前の部153名、午後の部208名にものぼるお客様が、東京ドイツ文化センター1階のOAGホールに集いました。
長方形のOAGホールは、さしずめ現代の舞踏会場(レドゥテンザール)?
開場~開演までのBGMは、NAXOSレーベルの『サリエリ序曲集』
4ヶ月前に予約をスタートし、チケットサイトがサーバーダウンするほどに申し込みが殺到。「午前の部」を新たに増設し、さらに「オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム」の後援も得て、満を持して開催に至った当イベント「サリエリナハトフェスト」。
午前・午後のプログラム(主催者提供)
イベントのメインは、日本で唯一のサリエリの評伝『サリエーリ 生涯と作品 モーツァルトに消された宮廷楽長』の著者であり、音楽・オペラ研究家である水谷彰良先生の記念講演です。
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新版の著書を手に講演する水谷先生
『サリエーリ』が音楽之友社から刊行されたのは、2004年のこと。それから14年が経った昨年4月以降、同書の復刊リクエストが急増。その声に応える形で新たな情報を加筆し、さらに全体をより平易に書き改めた『新版』が復刊ドットコムから刊行されたのが昨年末でした。
「なんと言っていいのか……いや、ありがたいことですよ。いったい皆さん、サリエーリのどんなところに惹かれておられるのか。興味深いです」(同人誌『サリエリナハト』より)
インタビューでそう語られていた水谷先生。お客さまが先生の登場にワクワクするのと同じく、先生ご自身も、お客さまにご関心をお持ちのご様子。午前の部では「この本を読んできた方はいらっしゃいますか?」と客席に問いかける場面もありました(ザッと一斉に手が挙がり、会場からもどよめきが…!)。
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「今日のお話では、“サリエリ”ではなく、イタリア語の正確な発音にもとづく“サリエーリ”を使います」
そんな言葉からはじまった午後の講演。
正確さを重んじるのは、音楽研究者として当然のこと。しかし、サリエーリという人物を描くにあたっては、情報量の面で大きな苦労があったそうです。
「みなさんが知りたいと思っているであろう、サリエーリの人間性や生涯の真実は、わからないことのほうが多いんです」「史料が絶望的に欠けている。特に手紙が圧倒的に少なく、サリエーリという人物について知る手がかりが喪失されているんです」
そんな困難な状況にありながらも、残された数少ない史料を手がかりに、音楽研究者としての見識でもってサリエリ──もとい「サリエーリ」の音楽人生を再構築する──
それが、水谷先生が著書『サリエーリ』を書かれる上でのスタンスだったそうです。
師フローリアン・レーオポルト・ガスマンに導かれて音楽家としてのキャリアを切り開いた少年期から、フランツ・シューベルトなどの優秀な弟子を輩出した晩年まで。
サリエーリの人生を時系列で追いつつ、サリエーリや周辺人物の音楽作品が紹介されていきます。
<午後の部に登場したおもなサリエーリ作品>
※水谷先生が紹介された音源とは録音が異なる場合があります
・オペラ「アルミーダ」序曲
https://ml.naxos.jp/work/6894756
・オペラ「ヴェネツィアの市」 – 第3幕 あなたにとってわたしは妻で恋人
https://ml.naxos.jp/work/4534648
・オペラ「はじめに音楽、次に言葉」 -Aria: Via, largo, ragazzi – Scene 6: Recitative: Per carità, finite questa scena
https://ml.naxos.jp/track/3794165
・レクイエム – Sequence
https://ml.naxos.jp/track/867826
「おもしろい、楽しい歌を書けるというのが、サリエリの音楽性の本質だと考えています」
と、水谷先生は語ります。
プーシキンの戯曲、リムスキー=コルサコフのオペラ、映画『アマデウス』などで、長年、モーツァルト毒殺疑惑の犯人として語られてきたサリエリ。
そうしたフィクション上のおどろおどろしい「サリエリ」のイメージと、音楽家「サリエーリ」の実像は、必ずしも一致しません。
「サリエーリは、きっと利発で冗談が好きな、とても面白いイタリア人の子どもだったにちがいありません」「だからこそサリエーリ少年を見て、ガスマンは“この子ならやっていける”と確信を抱いたのです」
師のガスマンに導かれて、サリエーリは、オペラ・ブッファ(喜劇)の作曲家としての才能を開花させていきます。
「おもしろいでしょ? オペラって」
ガスマンのオペラ作品に対する水谷先生の言葉は、まるでガスマン先生からサリエーリ少年への語りかけのよう。
「オペラにあらためて興味を持った」「もっと音楽を聴いてみたいと思った」──そんな感想の声も多々聞かれた講演会でした。
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さて、目と耳でサリエリを学んだあとは、舌でサリエリを味わうお楽しみタイム。
(上)ガラーニ (下)サリネード(白沢達生さん写真提供)
お菓子「ガラーニ」と、レモネードをもじった特製ドリンク「サリネード」。
イタリア・ヴェネツィアの伝統焼き菓子ガラーニは、「ちょう結び」を意味するお菓子。甘いものが大好きだったというエピソードにちなんだスイーツです。
サリネードは、18~19世紀当時ウィーンにあったというレモネードスタンドにちなんだ飲み物。
当イベント主催の歴史料理イベンター「音食紀行」の提供です。
関連書籍やCD、アクセサリーの販売も大盛況。
(上)海藻さんによる、サリエリの肖像画をあしらった手作りアクセサリー
(WEBショップkaisouはこちら)
(下)水谷先生の新版『サリエーリ』ほか関連書籍
CD販売の目玉は「たぶん音楽史上初!」とうたわれた「サリエリ福袋」。
スタンダードな福袋は、音楽ライター/翻訳家の白沢達生さんが盤を選び、1枚1枚にコメントを封入。サリエリのみならず、周辺の音楽家や、さらには歴史上の有名人物と関連づけたアルバムが入ったバラエティ豊かなセレクションです。
そしてプレミアム福袋は、ナクソス・ジャパンが流通を取り扱っているサリエリのアルバムをすべて封入した数量限定のスペシャルバージョン。午前・午後とも、開場から数分で完売となりました。
福袋以外のCDも次々と完売に。
午前の「プレミアム福袋」ご購入者さま。
映画『アマデウス』がきっかけでサリエリに興味を持ったとのこと。
「もともとクラシックが好き、というわけではありませんでした」
そう語ったのは、午後の「プレミアム福袋」ご購入者さま。
「ゲームがきっかけでサリエリにハマった方は、もともとクラシック音楽が好きな方も多いと思います。私は、昔あるネットゲームでロッシーニを知って、それがクラシックに興味を持つ最初のきっかけではありましたが、アルバムを買ったり、コンサートに行く、というほどではありませんでした。
ただ、日本の文豪の破天荒なエピソードなどは好きで、今回もモーツァルトの破天荒なエピソードに惹かれたのがハマるきっかけでした。そこからYouTubeで音源を探したりして、「推せない理由がない!」と確信しました」
実際にサリエリを聴いてみた印象は、というと──
「モーツァルトは面白くて、サリエリはそうではない、という前評判を聞いていましたが、実際に音楽を聴いてみると、サリエリが凡庸だとはまったく思いませんでした。ユニークなオペラが好きなので、いい曲だなあと感じています。プレミアム福袋、高い買い物だとは思いません(笑)」
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先入観にとらわれずに、フラットに楽しむ。
それこそが、とかくマイナスイメージで語られてきたサリエリという音楽家を受け止め直すために、いちばん大事なことなのでしょう。
「おもしろいでしょ? オペラって」
水谷先生の言葉がサリエリ自身の声として聞こえてきたとき、私たちは、彼の本質にほんの少しだけ触れることができるのかもしれません。音楽作品を聴くのがますます楽しくなっていくような、好奇心と刺激にあふれたイベントでした。
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~水谷彰良先生の今後の講演会・講座予定~
●サリエリムジカ(全席完売)2019年3月9日
https://www.confetti-web.com/detail.php?tid=50245
●朝日カルチャーセンター 新宿教室「サリエーリ復活 モーツァルトに消された宮廷楽長」2019年4月11日/25日
https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/952e6cb7-8c74-5baa-d590-5c4941ca4ad7