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【インタビュー】「蜜蜂と遠雷 音楽集」に携わるプロフェッショナルたち ~ 番外編Vol.1 浜松文化振興財団・伊藤渉さん

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たくさんの方からご好評をいただいております「蜜蜂と遠雷 音楽集」。

ナクソス・ジャパンではこれまでに、「蜜蜂と遠雷」の制作に携わったキーパーソンたちにインタビューしてきましたが、ここからは「蜜蜂と遠雷」の世界を彩る各界の方々にお話をうかがう【番外編】をお届けします。

第1回目は、著者の恩田陸さんが、この小説の舞台である“芳ヶ江国際ピアノコンクール”のモデルにしたと言われる“浜松国際ピアノコンクール”の運営に携わる、浜松文化振興財団の伊藤渉さん。コンクールの会場であるアクトシティ浜松におけるさまざまな興業を手掛ける伊藤さんに、実際のコンクールの現場について語っていただきました。

取材・文●劉優華



伊藤渉

伊藤渉●浜松文化振興財団
Wataru Ito

1972年、静岡県浜松市生まれ。1997年公益財団法人浜松市文化振興財団入社。浜松国際ピアノコンクールを担当。





インタビュー


 ────まずは伊藤さんのお仕事について、聞かせてください。

 浜松国際ピアノコンクールの事務局のスタッフとして、コンクールの運営全般を担当しています。2018年に開催する第10回コンクールでは、ピアニストの小川典子さんが新たに審査委員長に就任されますが、小川さんをはじめ専門家の先生方にご意見をうかがい、審査委員の構成や課題曲の選定などを行いました。今後は出場者の募集に向けて情報発信や、優勝者の特典となるコンサートツアー企画などを進めていきます。コンクールの他には、アクトシティ浜松で開催しているクラシックやオペラ、歌舞伎といった興業的な事業の企画・運営も手掛けています。

 1997年の入社後、施設運営や総務、財務といった法人管理部門を担当してきましたが、2006年に開催された第6回で初めて浜松国際ピアノコンクールの運営に携わることになりました。客席に座って聴けることはほとんどなくて、裏方としてその準備に走り回る日々です。このイベントは、クラシックの音楽コンクールというよりも、“音楽のまち・浜松市”で一番大きい文化事業のひとつ。音楽や興業に何の関わりもなかった私が、国際的なイベントに携われるということは、とても幸せなことだと思っています。


 ────浜松国際コンクールは、これまでに多くの世界的ピアニストを輩出してきた若手の登竜門と言われています。伊藤さんがご覧になってこられた中で、印象的だったピアニストについて教えてください。

 2009年の第7回で優勝したチョ・ソンジンでしょうか。今はすらっとした青年ですが、当時まだ中学3年生の15歳で、もっと丸々としてかわいい子でしたね。アジア圏の参加者の場合、コンクールに親御さんが付いてこられることが多いのですが、どちらかというと口うるさくていわゆるステージママっぽい方をよくお見かけするんです(笑)。ソンジンもお母様が付いてこられていましたが、そういうお母様方とは全然違う、とても和やかな雰囲気の方だったのが印象的でした。

 私が一番驚いたのは、この時に名誉副審査委員長を務めておられたファニー・ウォーターマン先生が、本選が行われる前に、ロビーで売られていたソンジンの予選の演奏CDを買いに来られたこと。御年90歳近くになられるウォーターマン先生には、それまで何度も審査員をお願いしていましたが、一度もコンテスタントのCDを買いに来たという話は聞いたことがありませんでした。そんな先生が、わざわざお客様に混じってソンジンのCDを買いに来たということで、それだけこの子は注目されているんだなぁと思ったのが記憶に残っています。

 2015年のショパンコンクールで優勝し、今では世界のトップスターとなりましたが、この浜松から飛び立ってくれたことをうれしく思っています。



伊藤 伊藤

第7回コンクールの優勝者、チョ・ソンジン(左)と当時審査委員長を務めたピアニストの故中村紘子さん(右)。



 ────伊藤さんは、以前より恩田陸さんのファンだとうかがいましたが、恩田さんの作品の魅力、また「蜜蜂と遠雷」を読んでどのような感想を持たれましたか?

 恩田さんの作品は、「6番目の小夜子」や「夜のピクニック」など、デビュー当時からいろいろと読んできました。もともと読書がすごく好きなので、出張に行く時などにはよく駅の本屋に立ち寄り、平積みの本の中から適当に選んでは読書を楽しんでいます。

「蜜蜂と遠雷」はピアノコンクールを舞台にした小説ということで、恩田さんが長年浜コンの取材に訪れていらっしゃったそうですが、じつは恩田さんがいらしていたことも、この作品が浜コンをモデルに書かれたということも、まったく知りませんでした。恩田さんも普通のお客様と同じように、ひたすら会場で聴いていただけだとうかがっています。ですから、ただこのコンクールをモデルにしていただいたというだけで、実際私たちが何か協力できたわけではないんです。

 この物語は、登場人物が魅力的ですよね。会ってみたいなと思うし、もしあんなコンテスタントがコンクールに来てくれたらうれしいです。もし今後、映像化されるようなことがあれば、ぜひ浜コンの会場であるアクトシティで撮ってほしいと思いますが、小説のいちファンとしては、映像化で自分の想像と違っていると残念だなぁという、何とも複雑な心境です(笑)。

 私はピアニストでも審査委員でもないので、登場人物の心境についてはよくわかりませんが、すごく夢がある、いいお話だなと思います。例えば、登場人物の高島明石は、ピアニストを夢見てがんばっている青年ですが、現実は楽器店で働きながら細々とピアノを続けています。

 国際ピアノコンクールは、ピアニストたちにとって“究極の就職試験”の場。誰もがストレートに就職できるわけではなく、それぞれが紆余曲折を経て人生を歩んでいきます。コンクールを提供する立場としては、確固たる名声を築くピアニストになってほしいという想いはありますが、世界的なピアニストになるだけが正解ではないですし、いろんな形で音楽を楽しむということがあってもいいのではないでしょうか。


 ────コンクールというものの意義について、どのようにお考えでしょうか?

 私は音楽が専門ではないので、演奏の良し悪しを判断できるレベルにありませんが、音楽を聴く人たちにとって、どの演奏者がいいのかをいちから自分でひとつひとつ調べるというのは、少々ハードルが高い。ですから、聴くべきものを誰かが示してくれたり、オススメしてくれるのは、すごく楽しみなこと。「コンクールで優勝・入賞した人ってどんな演奏をするんだろう?」というのを、ぜひ聴いてみていただきたいです。

 また、ピアノや音楽に詳しい方は、いろんなピアニストを聴き比べられる楽しみがありますし、逆に全然音楽はわからないという方も、コンクールならではのお祭り的な雰囲気やプロセスを味わうことができるはずです。

 コンクールは、ある一時的な瞬間に運良く準備ができていた人が入賞するものだと思っています。新しいスターを発掘していくことは、これからのクラシック音楽市場にとっても非常に大事で、使命感を持ってやるべきことだと思っています。



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6月に東京都内で行われた、第10回コンクールに向けた記者会見の様子。左から、審査委員長の小川典子さん、浜松市長の鈴木康友さん、運営委員長の川村恒明さん



 ────浜松は楽器の街と言われています。市をあげてクラシック音楽の普及に尽力されてきましたが、その効果はどのように表れていますでしょうか?

 “音楽のまち・浜松”は、ピアノだけでなく、楽器の生産や吹奏楽など、あらゆるジャンルにおいて音楽が盛んです。地方都市としてはコンサートの数も多いですし、音楽をテーマに浜松をアピールしていくことに力を注いでいます。子供の頃から音楽に親しむベース作りをすることで、その後も趣味で続ける方、アマチュアで活動する方がたくさんいらっしゃいます。地元にいる子供たちはそれが当たり前なのでなかなか気付かないかもしれませんが、別の場所に行って初めてそのありがたみに気付くのかもしれません。


 ────3年に1度開催されている浜松国際ピアノコンクール、次回は2018年秋の開催が予定されていますね。きっとこの小説のファンの方も多く訪れるのではないかと思います。最後に、ファンの皆さんにひとこと、お願いいたします。

 「蜜蜂と遠雷」を読んだことがきっかけで、これまでクラシック音楽なんて聴いたことがなかったという方、コンクールに興味がなかった方も聴いてみようと思ってくださるのではないかと期待しています。開催期間の3週間、会場に毎日通えないという方でも、ストリーミング配信で聴くこともできますので、ぜひご覧いただければうれしいです。


 ●浜松国際ピアノコンクール オフィシャルサイト
 http://www.hipic.jp/











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