当代きってのヴィルトゥオーゾ・ピアニスト横山幸雄が7年振りにオールリストアルバムを世に問う。過去、「超絶技巧練習曲集全曲」「ヴィルトゥオーゾ名曲集」等でリストの真髄を示してきた横山が、満を持して「ソナタ」を開示した。完璧な技巧によってテクニックの呪縛から完全に解き放たれた時、作品に内包する音楽的本質はくっきりと浮かび上がり、技巧とは唯、純粋に音楽のためにのみ奉仕されるべきものであることを我々に示してくれる。
横山が教授を勤める上野学園石橋メモリアルホールでのセッションレコーディング。 横山幸雄は、10代後半でブゾーニ、ロン=ティボー、ショパン・ピアノコンクールに上位入賞し、いまや日本を代表するコンサート・ピアニストである。デビュー当時から、その早熟ぶりが大いに話題となり、現在に至るまで音楽界の第一線で活躍し続けている。
なかでも、ショパンのピアノ独奏曲212曲をすべて暗譜で弾き切ったギネス記録は、私たちの記憶にも新しい。このギネス記録を打ち立てたのは2011年…横山にとってデビュー20年という節目の年でもあった。近年の彼は、毎年9月上旬に東京オペラシティにおいてリサイタルを開催。2008〜10年はショパンのシリーズを手掛けた。デビュー20周年の2011年はリスト生誕200年にもあたり、オール・リスト・プログラムを組んだ。
昨年9月も横山はリストを披露しているが、その時のプログラムの一部をその月のうちにレコーディングした。 横山の正確無比な演奏技術は、彼のピアノにおける魅力のひとつである。同時に、彼が演奏で見せる超人的な集中力とその持続は、他の追随を許さない。確固とした解釈をもとに、綿密に練り上げられた作品構成は極めて正統的で、王道を歩むといっても過言ではない。
これまでの横山の演奏に接して感じるのは、自分自身を極めようとする彼の意気込みである。ショパンの全曲演奏もその表れなのかもしれない。演奏の完成度についても、そして作品の解釈に関しても、横山はあらゆる妥協を拒み、究極の自分自身の姿を追求する。また、レパートリーをいたずらに拡大することに慎重にも見える。むしろ、特定の作曲家に自分自身のすべてを投影させようとしているように感じられる。そのひとつが、リストである。
このアルバムの中心をなすのは、《ピアノ・ソナタ ロ短調》。複雑な内容をもつこの作品に対し、横山は強い緊張感あふれる演奏によって、音楽のストーリーを劇的に作り上げた。音の色彩や響き、そして質感のバランスにも優れており、エチュードや小品に至るまで細やかなディテールや微細な陰影をつけ、音楽にドラマティックな側面をもたらしている。また、過度に感傷的にならないロマンティシズムも、彼の持ち味だ。 まさに横山の風格と存在感が遺憾なく発揮されたアルバムである。