デビュー10周年記念アルバム 全曲ニューレコーディング
新倉瞳のデビュー10周年記念アルバムは、本人が心から愛する珠玉の名曲z全18曲を厳選、新たにDSDフォーマットでレコーディングしました。そこにあるのは常にカンタービレでありエスプレッシーヴォ、そして心の吐露であり告白です。
深い信頼を置く盟友、朝永侑子のハープと織りなすデュオの響きは、ピアノ伴奏とはまた違った趣であり、豪華絢爛たる別格の音世界が堪能できます。新倉瞳の原点回帰ともいえるこの小品集は、薫り立つフィネスに満ちた極上の1枚です。
桐朋学園大学在学中にデビューアルバム「鳥の歌」をリリースした新倉瞳。2010年からは拠点をスイスに移し、バーゼル音楽院で学びながらソリスト、室内楽奏者、クレズマー奏者として幅広い活動を繰り広げてきた。2016年9月にサントリーホール・ブルーローズで行われた「新倉瞳 デビュー10周年記念コンサート」ではバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」をはじめ、シューベルトの「弦楽五重奏曲」にパガニーニの「ロッシーニのモーゼの主題による幻想曲」、さらには日本の音楽界の重鎮、堤剛との共演で「2つのチェロのための協奏曲」等を演奏し、進化し続ける音楽性はもちろん、アンサンブル力の高さをも存分に示している。
新倉の演奏の魅力は、“柔軟性””にあるのではないか。ずっと学んできたクラシックはもちろん、古楽にクレズマーなど、あらゆる音楽、言語に精通する彼女だからこそ出せる多様な音色、歌い回しによって、作品から生き生きとした表情や言葉がいくつも生まれくる。その一方で、不変のものもある。それは凛とした音楽の佇まいである。音楽に与える変化やゆらぎは、彼女の音楽に一本筋の通ったものがあるからこそ、自由に展開できるのである。そうして生み出された演奏からは“誠実さ””と聴衆に伝えたいという確固とした“意志””が感じられる。
なお、今回のアルバムで共演しているハープの朝永侑子は新倉の桐朋学園大学時代の同級生であり、「心友」だという。確かに二人の音楽には互いへの強い信頼があるからこそのやりとりが感じられる。新倉がニュアンスを変えれば、いつの間にか朝永も色彩とリズムの足取りを巧みに変化させていく。しかもそれが「変えた」というものではなく、気が付くと移ろっている…といった具合に。言葉にすれば単純だが、この演奏における“交感””は、ちょっとやそっとのことでは決して成し得ない、尊いものである。 このアルバムには協奏曲やソナタなどの大曲は一切収められていない。それぞれが物語や情景を内包した小品を18曲集めて構成されている。しかも、息の長い歌が紡がれていく、落ち着いた作品ばかりだ。その分、演奏者の人間性や音楽性が如実に現れるのだが、“柔軟性””に富んだ新倉と朝永の音楽は、すべての小品から多彩なドラマを導き出すだけではなく、心に残るあたたかさや安心感を与えてくれるものであった。
「祈り」がテーマのこのアルバムに、新倉がどんな想いを込めたのかを、現在この文章を書いている私は知らないが、確実に言えることがある。それは、ここに収められた演奏の全てに、新倉瞳という音楽家の音楽に対する深い愛情が満ちており、それを語り掛けるように聴き手に伝えたいという“祈り””を感じたということである。(長井進之介)