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コラム:水谷彰良の「聴くサリエーリ」




イントロダクション




 サリエリ(サリエーリ)ブームたけなわの今日このごろ。もはやファンのバイブルと称しても過言ではない『サリエーリ 生涯と作品』(復刊ドットコム)の著者、水谷彰良先生によるサリエーリ作品解説の連載がこのたびスタートいたします。

 創作作品のなかでは「神に愛されし者を殺す」者として登場する“サリエリ”は、実は誰よりも恵まれた(神に愛された)人生を歩み、作曲家として高く評価され、さらにベートーヴェンやシューベルトの師として尊敬を集めた人でもありました。「いい曲が多い」「映画『アマデウス』の「凡庸な作曲家」像は本当なのか」……そんな声も多数聞かれるようになっています。フィクションの“サリエリ”から史実の“サリエーリ”へ……すでにCDやダウンロード・アルバムをお持ちの方も、これからはじめて作品に触れる方も、ぜひ当ページの解説を読みながら彼の作品をお楽しみください。


 第8回は、サリエーリの音楽の魅力を凝縮したフランス語の歌劇『ダナオスの娘たち』を取り上げます。



第1回『序曲集』


第2回『序曲とバレエ音楽集 1』


第3回『シンフォニア集と変奏曲集』


第4回『オルガン協奏曲と2つのピアノ協奏曲』


第5回『その他の3つの協奏曲』


第6回『オペラ・アリア集 ── アリアから入るサリエーリのオペラ(1)』


第7回『オペラ・アリア集 ── アリアから入るサリエーリのオペラ(2)』






第8回
サリエリ(サリエーリ):
歌劇『ダナオスの娘たち』




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サリエリ(サリエーリ): ダナオスの娘たちLes Danaïdes
 Ediciones Singularesレーベル
 クリストフ・ルセ指揮、レ・タラン・リリク、
ヴェルサイユ・バロック音楽センター合唱団
 ユディト・ファン・ワンロイ(ソプラノ/イペルムネストル)、
フィリップ・タルボ(テノール/ランセ)他



 

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概説:サリエーリのオペラ

 サリエーリは生前未上演も含めて41のオペラを作曲した。それらは台本の言語ごとに、〈イタリア・オペラ〉〈フランス・オペラ〉〈ドイツ・オペラ〉の3種に分けられる。

〈イタリア・オペラ〉は「聴くサリエーリ」第6回第7回で紹介したコロラトゥーラ・アリアや通奏低音伴奏のレチタティーヴォ・セッコに特色があり、〈ドイツ・オペラ〉は歌の間を台詞の語りで繋ぐジングシュピールと呼ばれる形式で作られている。これに対し〈フランス・オペラ〉は、パリ・オペラ座のトラジェディ・リリック[抒情悲劇]の様式を反映してバレエやパントマイム[無言劇]を含み、管弦楽伴奏のレシタティフを中心に劇を進め、エール[アリア]で感情をクローズアップする。

 音楽、文学、演劇を複合的に用いるオペラの理解には台本や対訳の参照が不可欠だが、「聴くサリエーリ」では音楽を聴くことを優先する。今回はサリエーリのフランス・オペラ入門編として『ダナオスの娘たち』全曲を、管弦楽、合唱、歌手による音楽としてご鑑賞いただきたい。







歌劇『ダナオスの娘たちLes Danaïdes』
5幕のトラジェディ=リリック


台本:ラニエーリ・デ・カルツァビージによるイタリア語の台本を、マリー=フランソワ=ルイ・ガン・ルブラン・デュ・ルレとジャン=バティスト=ルイ=テオドル・チューディがフランス語に翻訳・脚色して使用。
原作:ラニエーリ・デ・カルツァビージ
初演:1784年4月26日 パリ、王立音楽アカデミー劇場[オペラ座]

前段の物語──双子の兄弟アイギュプトスとダナオスは父からそれぞれ与えられた領地を治めていたが、勢力を拡大したアイギュプトスはメラムポデスを征服してエジプトと命名し、自分の50人の息子をダナオスの50人の娘の夫とするようダナオスに迫った。怒ったダナオスは娘たちを連れてアルゴスに逃れ、50人の息子たちも船でその後を追った。ダナオスはアイギュプトスの息子を皆殺しにして復讐しようと決意し、彼らを偽りの婚礼の場に招く。




第1幕



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[Track 02-08] アルゴスの岸辺。下船したアイギュプトスの息子たちを前に、ダナオス[バス。発音はダナユス]は婚礼の女神に偽りの誓いをたてる。息子たちを代表してランセ[テノール]が感謝の言葉を述べ、自分たちの結婚が両家の和解の証になるだろうと約束する。
[Track 09-11] ランセはダナオスの長女イペルムネストル[ソプラノ]に愛を誓い、彼女もそれを受け入れる。






第2幕



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[Track 12-14] ネメシスに捧げられた宮殿の地下。娘たちを集めたダナオスは、アイギュプトスによって王座を追われた経緯を話す。そして婚礼の場でそれぞれの結婚相手を短剣で殺すよう命じ、娘たちも了承する。
[Track 15-19] けれどもランセを愛するイペルムネストルは同意せず、父の怒りをかう。






第3幕



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[Track 20-29] 祭典用に飾られた庭園。婚礼の宴会が始まり、何も知らぬ花婿たちが嬉々として列席する。だが、ランセに求愛されたイペルムネストルは迫り来る殺戮を思い、恐怖にかられる。ダナオスから「秘密を漏らせば殺す」と囁かれたイペルムネストルは絶望し、走り去る。
[Track 30-34] ダナオスは彼女の後を追おうとするランセを引き止めて安心させ、新郎新婦たちの祝宴が続く。男たちは妻に伴われ、それぞれの部屋に向かう。






第4幕



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[Track 35-37] 宮殿の回廊。イペルムネストルは「ランセを殺せない」と父に訴えて拒絶され、自分の手で夫を逃がそうと決意する。
[Track 38-42] ランセと2人きりになったイペルムネストルは宮殿から逃げるよう促すが、自分と別れたいのかと誤解されてしまう。意を決した彼女は短剣を見せ、どうか逃げてくださいと訴える。
[Track 43-44] 殺戮の合図が聞こえ、イペルムネストルから真実を告げられたランセは兄弟たちの救出に向かう。新郎たちの悲鳴が聞こえ、イペルムネストルは気を失ってその場に倒れる。







第5幕



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[Track 45-47] 意識を取り戻したイペルムネストルはランセが死んだと思い、自分も死を望む。そこに現れた父からランセの死体を見せるよう求められ、夫が生きていると確信する。
[Track 48-50] 夫殺しを果たした娘たちに、ダナオスはイペルムネストルを殺すよう命じる。
[Track 51-53] ランセが仲間を連れて兄弟の仇討ちに戻り、イペルムネストルを逃がす。そこに大地震が起き、宮殿が崩壊する。舞台は地獄の場に変わり、ダナオスと49人の娘たちが悪魔に責め苛まれる姿が浮かび上がり、娘たちの阿鼻叫喚で幕が下りる。








解説

 サリエーリ最初のフランス・オペラ『ダナオスの娘たち』は、パリのオペラ座から新作を求められたグルックがサリエーリとの共作と偽って誕生させた歌劇である(成立の過程は『サリエーリ 生涯と作品』第3章にゆずる)。物語はギリシア神話に基づき、ダナオスの50人の娘が父の兄弟アイギュプトスの息子50人を新婚の床で殺すよう命じられる。だが、長女イペルムネストルは愛するランセを逃がし、夫を殺した娘たちが地獄に落ちるという悲劇である。台本はラニエーリ・デ・カルツァビージのイタリア語台本を気に入ったグルックが、フランス人の作家デュ・ルレとチューディに翻訳・脚色させて用いた。

 1784年4月26日の初演は、グルックとサリエーリ共作と銘打って行われた[図1]。そして大成功を収めた後にグルックみずから「すべてサリエーリの作曲」との声明で真実を明かし、総譜はサリエーリの作品として王妃マリー・アントワネットに献呈出版された[図2]。『ダナオスの娘たち』は初演から2年7カ月間に32回上演され、1817年の4幕版(図3)による再演で新たに脚光を浴び、1828年までの11年間に新たにオペラ座で95回の上演が行われた。1822年に医学生ベルリオーズが観劇し、作曲家を志すきっかけになったことでも知られる。

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左から、
図1: 『ダナオスの娘たち』印刷台本初版(1784年。ウェスタン・オンタリオ大学図書館所蔵)
図2: 王妃マリー・アントワネットに献呈された印刷総譜のタイトル頁(複製)
図3: 4幕版の印刷台本初版(1817年。水谷彰良所蔵)








聴きどころ

『ダナオスの娘たち』は格調が高く、スケールの大きな作品である。登場人物の緊張感あふれるレシタティフとエールで劇を進め、合唱の関与も多い。

 序曲[Ouverture]([1])は劇の内容を先取りし、「復讐の計画を練るダナオス」、「娘たちの喜びの踊り~復讐計画を知った恐怖~宴会の音楽で眠気に誘われる」、「虐殺、叫び~地獄の罰、娘たちの嘆き」を表す(詳しくは「聴くサリエーリ」第2回の解説参照)。

 エールはどれも短く、簡潔明瞭さが前面に押し出されている。グルック風の旋律は第4幕ランセのエール〈イメネの神殿でA peine aux autels d’ Hyménée〉([39])で、その開始部は『オルフェーオとエウリディーチェ』の〈エウリディーチェなしに、どうすればいいのだろう〉を想起させる。第3幕のエール〈私にあなたの心を与えてくださいRends-moi ton cœur〉([27]) も、優美な旋律と色彩的な管弦楽伴奏がグルック風である。ダナオスも随所に関与し、威厳に満ちたバスの声で劇を盛り上げる。

 事実上の主役イペルムネストルは、ドラマティックな朗誦と感情表現で際立つ。とりわけ夫の殺害を父に思いとどまらせようと涙ながらに訴える〈あなたの娘の涙によりPar les larmes dont votre fille〉([16])、父に拒絶され絶望して歌うドラマティックなレシタティフとエール([18]-[19])、同様のシチュエーションの独白とエール([36]-[37]) が出色で、第5幕冒頭のレシタティフ〈ここはどこ?Où suis-je?〉とエール〈無慈悲な父上、私を死なせてくださいPère barbare, arrache-moi〉([45]-[46])は短いながらも狂乱の場に相当する。ランセとの二重唱([10])([41]-[42])も聴きどころである。

 独立した合唱曲は、結婚を称える華やかな音楽([3][11][25])、喜びに満ちた合唱([20][33])、優美な合唱([22])、襲われた花婿たちの恐怖の叫び([44])、勝ち誇る娘たちの合唱([48])など要所に活躍し、最終場では悪魔たちの男声合唱と責め苛まれる娘たちの女声合唱により悲劇的情景を描き出す([53])。

 管弦楽も色彩的なオーケストレイションに優れ、レシタティフにおける劇的な関与も特筆に値する(とりわけ[45])。序曲とは別に間奏曲[Interlude]([4][21][23][31])、バレエ音楽([6])、無言劇の音楽([34])があるのもフランス・オペラの特色である。

 パリで就職活動に失敗したモーツァルトはフランス・オペラを作曲せず、フランス語を悪魔の言語と呼んだが、『ダナオスの娘たち』でマリー・アントワネットを保護者に得たサリエーリは続いて『オラース家』と『タラール』を作曲し、フランス・オペラ史にその名を遺した。





【執筆者】
水谷彰良 Akira Mizutani

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1957年東京生まれ。音楽・オペラ研究家。日本ロッシーニ協会会長。著書:『プリマ・ドンナの歴史』(全2巻。東京書籍)、『ロッシーニと料理』(透土社)、『消えたオペラ譜』『サリエーリ』『イタリア・オペラ史』『新 イタリア・オペラ史』(以上 音楽之友社)、『セビーリャの理髪師』(水声社)、『サリエーリ 生涯と作品』(復刊ドットコム)。日本ロッシーニ協会ホームページに多数の論考を掲載。







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